小国に根をはる①~桑原勝利さん
小国には何もない…子どもも大人もそう言います。確かに、華やかなものは一つもないし、交通もやけに不便です。でも、ここでの暮らしを「案外いいかも」と思っている人たちがいます。
そんな、小国で根をはって暮らしている人の思いをお届けします。
桑原勝利(くわはらかつとし)さんは50歳の時、「このあとの人生を好きにさせてくれ!」と家族を説得、30年間勤めた農協を退職しました。次に選んだ道は“園芸農家”。
営農指導員をしていた頃、話を聞きに来る農家は自分の親より上の世代。10年後、この人たちが野菜を作れなくなったらどうなるんだろう?と考え始めたのが、農家を目指すきっかけでした。
農業は自然が相手、何度も痛い目にあいました。ネギが台風で全部やられた、スイートコーンが全部タヌキに食べられた…。30万とか50万とか、当てにしていた収入があっという間になくなってしまう世界です。かかった費用の方が多く、収入がマイナスとなり、確定申告をしたらゾッとした、と笑います。
「それでも、生き方としては今の方がいいかな。農業は自分発自分着、良いことも悪いことも全て自分の責任だけど、やりがいはすごくあるから。」
農業に生きがいと可能性を感じている桑原さんにとって、こんな経験も笑い話の一つになってしまうのかもしれません。
その一方で、小国の農業について危機感もあります。
小国の伝統野菜”八石ナス“は、小国の気候風土に適した、みずみずしい甘さが自慢の野菜です。けれど、生産者の高齢化が進み、今では幻の野菜になりつつあります。桑原さんをはじめ、生産者が一緒になって出荷、販売しながら、何とかこのナスを守っていこうと模索中です。
ところが、今の野菜市場は自分が作るより買った方が安い、という消費者中心の世界。このままでは、農家は生活していけません。食べる側が農家を一番下に見て、「買ってやってるんだ」という思いがあるのでは、と桑原さんは言います。
「食は命をいただいているから『いただきます』であって、そこに携わっている農家をないがしろにするのはおかしいんじゃないかなって思うんだよね。」
桑原さんがこれから目指しているのは、“再生産可能価格”というもの。この野菜にどれだけのお金がかかっているのか、野菜の原価をしっかり見える化し、利益を上乗せして販売価格を決めてもらう方法です。
農協に勤めていたからこそのパイプを活かし、農家が儲かる手立てを何とか作っていきたいという目標があります。将来的には、「勤め人なんてやめて農業やれば!」と言えるほど、収入を得る世界を作りたいと考えています。
2児の父親でもある桑原さん、子どもさんがもし農業を継ぎたいと言ったら?と聞いてみました。
「継いでもらってもいいけど、それにはまず、野菜を作るということは命を繋いでいくことだよ、っていう価値をわかってもらいたい。」
食べ物を作る人がいなくなれば、命は途切れてしまいます。農業は命を繋いでいく大切な仕事だと、桑原さんは考えています。
「都会は仕事の種類が多いけど、そんなに選ぶもんかなぁ。仕事は手段であって目標じゃないから。」
「俺は田舎が好きだから、田舎暮らしはいいぞ、って思ってる。カエルの声を聞きながら、自分にあった仕事ができればいいんじゃないの、って子どもには言ってるよ。」
「上の子は今、ユーチューバ―になりたいって言ってるけどさ」と、大笑いする桑原さんなのでした。

佐々木知子 支援員